【後編】巨人に捕食される時代~オトナ帝国とドラ泣き~

山田玲司ヤングサンデー第14回を観て面白かったので前回自分でも復習がてらに書いてみようと思いました。下のリンクから動画観て下さい。

 

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世間では「世界に一つだけの~♪」と歌われてましたが、壁の外では様々な問題が起こってました。当時小学生だったぼくたちに分かる歴史的な事件は9.11でしょう。それから環境、経済、安全神話、学校、家庭と次々に壊れて行き、ついには生徒の心にまで破壊が影響してきます。

このネット社会、情報化社会においてその過渡期に生まれる価値観の大きな変化とそこから生まれる悩みや苦しみ。これが中々上の世代とも親とも共有しにくく若者をデスクトップの前にいようが、外に出ていようが苦しめています。

「大人な問題」が小学生の教育にまで影響していたと言える例がコレです。

 

エコ、温暖化問題

その当時小学生だったぼくたちはかなり頻繁に作文のテーマや自由研究の課題等でこの2つが取り上げられてました。もちろん世界的にそういったブームだったんでしょう。愛・地球博は2005年に開催してましたね。そしてほとんどの生徒はかなり極端なデータ「数年後には地球が危ない!」という様なものを持ってきて、自分なり(オンリーワン)こうしたら「良くなる」をまとめて発表してたと思います。割り箸を使わないとか、シャワーの時間はできるだけ短くするとかですね。ナンバーワンよりオンリーワンって言葉が蔓延していたのもこの頃かと思われます。

しかしですね、誰1人として「自分のゲームの時間を減らして節電する」と発表しなかったんですよ(笑)みんな1度は考えたかもしれないですけど、誰も公言する人は居なかったですね。そりゃそうだよね、遊びを減らして何がエコだバカヤローっと。

こんだけやらされたぼくたちでさえその後大して身近な問題として捉えられず、進撃の巨人や3.11が起こるまでろくすっぽ考えもしないで生きてきました。せいぜい「人類が滅亡したら嫌なので無駄使いはしないよ地球さん」という感じです。

所詮は「ヤホー!キッズ」などで調べた付け焼き刃でした。
エコや温暖化と聞いていまだに胡散臭いと思ってしまうのは、こういった小学生時代のピュアらしさを強要されたトラウマなのかもしれません。それでもネットを使って調べることや本、新聞紙等を読んでまとめること、地球の最期を想像して本当に夜も眠れない状況になってしまったことは後々の人生に良い影響を与えてくれていると思います。みんな1回はやるでしょ?(笑)

 

さて話しは変わってエンターテイメントはゼロ年代どうだったでしょうか?現在はダークナイト等のお陰様で世の中に溜まった欺瞞や矛盾にどんどんメスを入れていったり、いまの時代と同じくらいの大変化があった幕末~明治を舞台にしたるろうに剣心 京都大火編』は邦画を変えてくれたでしょう。時代に翻弄されながらも何度も立ち上がるヒーローの姿は再評価されている時期なのかもしれません。アカデミー賞作品賞『バードマン』でした。

そして、ゼロ年代「泣き」の映画は生まれたと聞きます。セカチューに始まり、恋空や海猿、動物ものに病気シリーズ。しまいにはアニメにまでその要素が望まれたりして、去年はドラ泣きですよね。これもJ-POPのように大の大人にはよく分からない代物になっていると思います。岡田さんが「泣き」は「抜き」と一緒と言ってましたが、まさしくそういうものでしょう。

しかしクレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』は違いますね。これは2001年の公開作品です。ドラ泣きは「泣いていいですよ~、泣きましょうよみんなで!」という手の広げ方に対してオトナ帝国の逆襲は「こんなもん売れないだろうなー、とにかく好きなもの詰めちゃえ、エイ!」ってやったものに対してお客さん(一緒に来た親)が「え、しんちゃんで泣いちゃった…嘘…。」となった映画ですよね。PTAの「子供に見せたくない〜」で毎回ランクインしてるクレしんですが、あのランキングもどこかに行ってしまいましたね〜(笑)

 


山田玲司ヤングサンデー第14回を観て数日間似たようなことをぼやー っと考えてたんですが、自分なりに腹をくくることができました。ぼくは結局「泣かせてあげよう」と思いました。日本人…というのか我々はこういうの好きなんでしょう。涙が出るほど感動してしまうものはきっと好きなはずです。

残念ながらスクールカーストで受けた痛みを今更相手にぶつけることは不可能です。学校が大好きだった人もあの頃には戻れません。当たり前のように次に正式に行くときは親としてでしょう。

オレンジな(思い出の)レンジ(帯)時代は終わり、終わらせることにも疲れました。もう分からないフリをするのも、そろそろ損をしそうですよね。

ぼくは小学生の頃、オレンジレンジサンボマスターも好きでした。2011年に北海道へ志磨遼平は解散間近の『毛皮のマリーズ』を率いてLIVEに来てましたが、ぼくは『世界の終わり』と『サンボマスターを観てました。

ドラ泣きという仮面をかぶってでもCGアニメ作らないと全部ディズニーになり、海外製になってしまいます。

「あの頃を夢見ながら」はもう老後の道楽に取っておきましょう。

玲司先生が番組の中で ―仮面ライダーをやめた人達(現代の大人)がやったことのツケの直接的な被害を2000年代子供だった人たちが受けるから、もちろん自分たち大人も被害は受けるけど、どんな形でくらうのかはまだ分からない。だから戦争の中に生きている様な重苦しい時代だけど、なんとか生きてくれ。嘘をついてもどんな手を使っても構わないから、10年後新しいコンテンツを作れる立場になるまで、そこまで逃げてくれ。―

と言った後に、アシスタントのおっくんが続いて「今は誰も殺しに来ない、死ねない戦争なんですよ」という様なことを言っていました。

これを聞いて改めてバブル等の日本が高度成長する時代は終わって、働くことや人との距離、世界との関係もネットにより大きく変わってしまったんだなぁと肩を落とす反面、吹っ切れて「これでいいのだ」とも思えます。

死ねない戦争の中で壁が壊された世界の終わりで、10年後楽しくなってそうだと今は信じときましょう。ぜひとも戦争があけた10年後には感動して泣かせられるコンテンツの一つでも作ってみたいですね。そう思うだけで少し現代にも希望が見えるような気がします。それではまた次回〜♪