Roman De Gare

気になったことを心を込めてお送りします。

「来来来世は、もう観たくない」+ 追記とリンク集

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9月26日更新分の記事を転載&追記と参考にしたリンク集

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この夏、大ヒットを飛ばした『君の名は。』公開から4週連続1位、興行収入91億円、累計動員690万人(9月20日時点)と大ヒットしている。今年の邦画NO.1かと思われていた『シン・ゴジラ』も75億に到達するか!?と言われている中で、100億にせまる勢いだという。

 

映画『君の名は。

 ~あらすじ~

…田舎に住む女子高生の宮水三葉と都会に住む男子高校生の立花瀧が、お互いの夢を見るうちに、いつの間にか身体が入れ替わって生活していることに気がつく。何度も入れ替わるうちに、メモを残し、ルールを決めて、お互いの生活を乗り越えていく。しかし、突如として入れ替わりが途切れてしまう。しだいに瀧は、入れ替わっていた間に生まれた特別な想いに気づき、三葉を探そうと決意するが…。二人には意外な真実が待ち受けていたのだった……。

 

◇新海作品を観るきっかけ

ぼくは、はじめ気にしないようにしていた。というのも、最近よく見る青春モノの絵柄で、ヒットも間違いないだろうと思っていたからだ。しかし、新海作品は『シン・ゴジラ』の総監督を務める、庵野秀明の影響を受けているというツイートを見て、それを確認してみたくなった。

まずは礼儀として、予習のために新海誠監督作をデビューから順に観ていこう!と思いたち『君の名は。』を鑑賞する前に、一通りレンタルして観ることにした。

あとになって分かるのだが、今回の『君の名は。』は、その新海誠らしい作風から離れることによって大衆向けになり、新海作品をはじめて観る10代~20代の男女に支持されることになった…。(予習したのにぃ!!!笑)

 

◇大ヒットを支えるスタッフと出演者たち

本作のヒットする要因として、ジブリで活躍してきた安藤雅司さんの起用がある。この方は、若干28歳にして『もののけ姫』の作画監督を任された人物で、『千と千尋の神隠し』も同様に作画監督を務めていた。その後、ジブリファンならお馴染みの「宮﨑駿監督と上手くいかない」などが原因でジブリを辞め、フリーに転向する。そして、最近では宮﨑駿監督の関わっていない『思い出のマーニー』で再びスタジオジブリに戻ってくるという経歴を持つ、いわば作画界の有名人だ。

次にキャラクターデザインを担当する田中将賀さんがいる。この方は『あの花』や『心が叫びたがってるんだ』などの、最近よく目にする劇場作品のキャラクターデザインの方で、アニメを普段見ない人にも、馴染みやすい絵を描く人なのではないだろうか。僕でも名前を知っているような、ゴールデンタイムのアニメや深夜アニメ作品に、数多く参加している。

そして、主題歌と劇伴に参加したRADWIMPSの存在は大きいだろう。ぼくの感覚として、RADWIMPSはここ数年の間、潜伏していたように思う。久しぶりの登場というのか(8月26日のMステで、地上波に初登場した)新海誠の手によって『アルトコロニーの定理』以来、中高生と世間の注目を再び獲得することになった、大きなチャンスだったのではないかと思うのだ。現に映画のヒットに合わせて、主題歌の入ったサウンドトラックが2週連続1位だという。

そのほかにも、声優として「男女入れ替わり」のような難しいシチュエーションを神木隆之介上白石萌音が演じてみせた。さらに、長澤まさみも出演し、役者としてドラマや映画に出ている人たちが、“いつもと違ったイメージ”の巧い演技をみせてくれた。

このように、さまざまな人と強力なタッグを組み、東宝の配給のもとに、前回の10倍以上の映画館で公開された。そして、新海誠監督の鮮やかで美しい風景とジュブナイル性(少年少女向け)の強い脚本が合わさることで、この上ないほど贅沢な作品が出来あがることになったのだ。

 

セカイ系というジャンル

先述したように、新海誠監督は庵野秀明監督の影響を受けているらしい。詳しく調べてみるとデビュー作『ほしのこえ』をはじめ、ほとんどの作品に共通する影響が現れていた。

ほしのこえ』は新海誠監督がほとんど1人で作った短編作品で、その当時から話題を呼び『新世紀エヴァンゲリオン』から続く“セカイ系の代表作”として語られるようになった。

セカイ系とはなんなのか?エヴァ例に説明すると…。うじうじとした主人公の碇シンジが周りの期待に応えたい、綾波やアスカに振り向かせたい、親父に褒められたい。などの理由で“世界を滅亡”させてしまうTVアニメシリーズおよび劇場作品だ。

他のロボットアニメとは全く異なる展開で「地球を守り、ヒロインと結ばれる物語」ではなく、さまざまな予定調和をことごとく破壊し、庵野秀明自ら作り上げた世界(アニメーション)を崩壊させてしまう。シンジ君の内面描写や葛藤を見せて、ロボひとつ登場しない回を放送したり、かなり斬新なアニメとして今もなお語り継がれている。

つまり、キミとボクのお話しが、世界の危機に直結する。またはこの世の終わりに影響してしまう物語をセカイ系という。なので社会や国家、歴史、仕事場の人間関係など抽象的にしか扱われず、それらの説明がないという特徴がある。おもに家族と友人と恋人、その周辺が描かれている。

さらには、地球滅亡の危機がどういう理屈の元に生まれたのか?それすら不明のまま物語が終わってしまうのだ。

作者自身が主人公に自己投影していたり、主人公の「オレの考え」に終始しがちなので、自意識が高くなってしまう。主人公の視野に入らない人物や出来事は省略され“ヒーロー願望”や“ダメな現実のおれ”を意識するあまり、異常に感情移入してしまったり、共感してしまいがちなジャンルでもある。

そんな時代の雰囲気を含んだ、セカイ系という物語の作り方が、開祖である庵野秀明監督と似ている点、影響された部分になるかと思う。(共通点はもう少しあるよ!)

 

◇映像効果やアニメーションについて

新海誠監督の特徴として「実写のような背景、美術」をアニメに取り入れた映像と、カメラのレンズに映る光を多用する効果などがある。

先日放送していた「SWITCHインタビュー 達人達」にて、新海監督は学生の頃から風景を描いていたが、人物は描かなかった理由として「興味がなかった」と答えている。本作のキャラクターデザインは、先に紹介した田中将賀さんになるので、監督は『ほしのこえ』以降、自らの作品のキャラクターデザインを担当していない。(ビデオコンテを描いているので、描けないわけじゃない)

やはり監督自らがキャラの演技をつけてるというよりも、脚本のセリフとその時代の風景が主体であるから、どうしてもキャラの見た目と背景の合わない感じがするのだ。しかし、大成建設のCMやZ会のCMを見ると、あのリアルな風景とモノローグが印象に残ると思うので、あまり従来のアニメキャラクターと比較しなくてもいいのかもしれない。だけど、やっぱり宮崎アニメが意識の底にあるから、違和感を覚えてしまうのだ。

それはともかくとして『君の名は。』では、電車のドアや三葉の部屋の襖を真横から映した、実写ではありえないようなカットが何度も登場する。その他にも「接写」と呼ばれるカットがいくつもあって、胸を三葉の視点から見下ろしたカットや組紐の繊維をじっくり見せるカットなど、細かくて美しいものが映し出されている。そういった、一眼レフのカメラで撮ったような映像は、フルHD全盛の時代だからこその表現に思える。

それから、やはりRADWIMPSの効果は絶大だった。インタビューでも、監督と野田洋次郎とがお互いに影響されあいながら作品を製作していったというのだ。

物語の前半30分「私/俺たち、入れ替わっている!?」のきっかけで、“テレビアニメ第一話”の放送のように“エンディングがオープニングテーマになる演出”をしていて、まるでMVのような疾走感あふれるシーン(微速度撮影を多用!カッコイイに決まってる)を入れている。

このことによって「二人の男女が会いたい」と思い試行錯誤する物語を単調なものにせず、107分の映像をスピーディに、観客を飽きさせず見せることができるのだと思う。

そして中盤では、本作のポスターでも印象的なティアマト彗星の接近シーンで、瀧が屋上から見上げて「美しい景色だった…」とモノローグ入り、RADWIMPSの音楽がフェードインする。

さらにラストシーンでも、瀧と三葉のセリフからタイトルロゴに移り、エンディングへと流れる。見事にRADWIMPSづくしで、感動するシーンから感動する音楽に移ることは、お客さんが感情の行き所をちゃんと見つけれるようになっている。だからこそ涙を流せるのだ。

これらの音楽の使い方から、ぼくは、新海監督が「長めのお話し」を描くのが苦手なんじゃないか?と過去作を観ているときから思っていて、RADWIMPSの音楽を入れることは、モノローグを極力使わなかった『君の名は。』において、すごく効果的だったという気がしている。

あと、気になるシーンのがあって。それは、三葉が瀧と入れ替わっている間、アルバイト先で男性陣から羨望の眼差しを受ける奥寺先輩(声:長澤まさみ)との距離を縮めてもらって、瀧は念願のデートをすることになるのだが…。

三葉がアドバイスとして、瀧のスマフォに残しておいたリンクが「ダメな君にも彼女ができる!」「コミュ障のワイが彼女GETできた件w」「愛されメール特集」などと書いてあって、まるでマイ◯ビウーマンやまとめサイトの見出しのよう!

ネットの話題を安易に持ち込むのは、不快感をまねきかねないけど「こういうタイトルのもって胡散臭いよね」という今風のギャグなんだろう。そのカットの直後に瀧は「バカにしやがってー!」と言うのだった…(笑)

 

◇ラストの解釈は?

ここからは、野暮な話しをしよう!

例えば、バイト先の奥寺先輩と三葉、どっちを選ぶのか?瀧の葛藤は描かれず、奥寺先輩に「他に好きな子いるでしょ?」とズバリ当てられて、コロっと心変わりする瀧に、急展開さを感じずにはいられない。

瀧と三葉が幾度もすれ違い、このままでは出会わないかも…と「これまでの新海作品」を彷彿とさせながら、ラストまでたどり着くのは素晴らしい。しかし、そこに「(三葉を見つけ出す)約束はするけど、付き合ったあとも君を守れる自信がない」という、いかにも現代チックな男の心が描かれている気がする。つまり「会うまで」で終わっているからだろう。

それでも、二人が再会しようとするのは数年後で、就職してつまらない大人になりかけている(まともな生活に潰されそう)という、夢が破れた人間としての、ハッピーエンドにも見えた。その先には、明らかに結婚があっただろうから。

ここまで二人を繋ぐ「結び」と呼ばれる運命、強運が凄すぎて(笑)そんなもの皆が持ってるワケじゃないよ!とツッコミたくなるが、だからこそ美しいんだ!!とも思う。

なので、織姫と彦星に憧れるような原始的なものなんだと理解したつもり…。だが、瀧がはじめから付けている「組紐」が「母と子を繋ぐへその緒」まで遡るとは…、そこまで強引に運命を信じさせようとしなくても…なんて思うのだ。

何よりも、三葉のお父さんはお母さんと入れ替わって結ばれた二人のはずが、別れてしまっている。でも死別なので、その後お父さんは三葉の住む糸守町の町長さんを務めているのだが…。そうして何年も繰り返し彗星が落ちる場所を守り続けるって…。あ、だから糸守なのか…!(笑)

そんな一族を止めた三葉と考えると、解放されて真に瀧と東京で結ばれたということにしておこう。いやいや瀧から「糸守に住もうよ」っていいそうだなぁ…。そしてまた彗星がやってくると…。

 

◇リアルな四葉

最後に妹の四葉のキャラだけ、すごくリアルに感じた話しを。

入れ替わる度におっぱいを揉むお姉ちゃん(三葉)を、朝おこしに来てくれる。最後には泣きながらおっぱいを揉むお姉ちゃんを見てしまうことになり「今日のお姉ちゃんヤバイで~」とおばあちゃんに報告してから「今日は、わたし1人で行く」と玄関から出ていく姿が映し出される。その際に「やばい…やばい…やばい…、やばいよ~」と言って出かけていくのだ(笑)

これモデルは新海監督の娘さんかな?と思ってちょっとほっこりする。「お父さんおきてー、ごはーん!」とか言われてるんだろうなーと。宮崎駿作品でも、千尋やポニョにはモデルが居て、現実に居る存在を映画に持ってくるのは、やはりハ・ヤーオ・アプローチなんだろうか。

 

◇おわりに。

新海監督は、女の人と一緒に「ここではない、どこかへ」行きたいと思っている。だけど、夢半ばで破れてしまうことの繰り返しだと、過去作品でも描いてきたんじゃないかな~と思うので、そんな新海誠監督版の『ゴーン・ガール』が観たいなぁ(笑)

瀧の知らない間に、三葉が飲み物にツバ(口噛み酒)入れたりしてる。そんな作品をわたしは観たい!!

もちろん、最後はティアマト彗星の破片衝突で大爆発だ!!(笑)

 

 

〜参考になったリンク集〜

shiba710.hateblo.jp

lineblog.me

note.mu

zasshi.news.yahoo.co.jp

realsound.jp

realsound.jp

追記!! 10月11日分 〜ぼくはまだ言い足りない〜

君の名は。』が相も変わらず大ヒットを続けている。いろんな人の感想や分先がネットに溢れかえっている中で、自分も書き残したことがあって、前回書いた記事に少しツッコミを入れたいと思う。

この記事は、映画を観たあと書くまでに一ヶ月近くかかってしまい、まとめるのに相当苦労したし、もやもやを言葉にするのが難しかった。

はじめは「ここがいやだな」と思うことを書いて終わりにしようかと思ったのだけど、そういう「安易な否定」にはしたくなかった。だから、映画をそれなりに観てきている自分としての分析を書いたつもり

なんだけど!!

 

ほとんどこの映画の説明と紹介の文になっちゃって、当初抱いていた違和感の説明が抜けているではないかー!!

例えば、ふすまや電車のドアを真横から写したカットを「巧いなぁ」という風に伝えたかったわけじゃない!もちろんそうは思うけど「男女が会うだけ」の短いお話しを延ばしたらダレてしまうことが分かってるから、観客の気持ちがスッと途切れる映像を入れて、更には三葉と瀧が「なかなか出会えない」という壁として存在してるんだ。

なんてことを書きたかったのだけど、3割程度の気持ちしか伝わらなかったように思う。

 

それから「コミュ障のワイが彼女できた件ww」ってタイトルのリンクを送る三葉を見て「いやいや、そんなやつ居ないだろ~」と思わない?あの表現を見る限り、三葉はまとめサイトを読んでるタイプに見えないから、あくまでも現実の風刺として「笑える」シーンのつもりで入れたんだろうな。

その辺も、さんざん言われてる「シチュエーション」だけで特別な意味はない。って感じで、せっかく使うならもっと効果的にやってよ!と、観客をびっくりさせる方法で使ってよ!と思うのだ。

 

極めつけは、予告にも使われている「来世は、東京のイケメン男子にしてくださーーい!!」と三葉が叫ぶセリフだろう。イケメンって言い方に、もう古臭さを感じる上に、ここでも「まぁまぁギャグですから」みたいな監督の笑顔が見える。

この違和感は、前作の『言の葉の庭』にも表れていて主人公の男子高校生が、想いを寄せていた学校の先生が「上級生にいじめられていた」ことが分かり、教室まで殴り込みに行くシーンがある。もういつの時代だよと、ありえねーよと興ざめするのだ。(そういや、瀧のバイト先でベタなクレーマーも出てきたよね)

 

そんな新海監督のインタビューなんか観たり読んだりすると、特別面白い人ってわけじゃないけど「ひかえめで良い人」なんだよね。だから、主張はこうだ!ってのじゃなく、ましてやひねくれて難しいお話しにするでもなく、率直に「みんなに楽しんでもらえる」作品を作りたい。そう思ってる人なんだよね。

なので「お前らこういうの好きだろ?」じゃなくて「こういうの感動しますよね」くらいソフトな物腰の方なので、一般向けには元々ピッタリの人なんだと思う。

 

そして、とうとう日本の映画歴代6位に到達し、138億を稼ぎ1061万人もの人が劇場で観ているらしい。そこまでうっとうしくCMが流れたり、宣伝を見かけることは無いのが少し驚きである。Twitterの口コミが効果的なんだろうか?映画の知られ方が変わったんだとつくづく思う。

今後新海監督が君の名は。の人だ」と言われることは間違いない、それを踏まえてどう出てくるのか?ジブリのように継続的な大ヒットと作家性を維持していくのか?それに観客がついて行けるのか?

とても気になる。やっぱりぼくとしては、恋愛にも現実味、真実味を含むものをモノローグ最小限の美しい映像で描いて、今回獲得したポップなキャラ造形も入れて立派な映画を作ってくれたら。なんて甘いことを考えてしまう、というかそうしてくれないと映画として楽しめないよね。

 

最後に、大至急「鈴木敏夫ジブリ汗まみれ」に出てください()プロデューサーの川村元気さんは、2015年の4月に出てるので。なぜ今の今まで、やってないのか不思議なくらいだなー。LINE LIVEという新しいメディアもあるのだから、鈴木さんとの対談観たいね~。